はじめに
近年、深刻な人手不足が叫ばれる一方で、実質賃金が上がらないという逆説的な現象が生じています。まるで「働けば働くほど貧しくなる」という逆転現象が起こっているかのようです。この背景には、30年以上にわたる日本経済の低迷が関係していると考えられますが、それだけではありません。この奇妙な現象の裏には、さらに複雑な要因が絡み合っています。
非正規雇用の増加
近年、正社員比率の低下とともに、非正規雇用労働者の割合が大幅に増加しました。非正規雇用の平均賃金は、正社員の約半分にとどまっています。総務省の労働力調査によると、非正規雇用労働者数は、1980年代半ばから増加傾向にあり、2022年には3,670万人、全労働者の34.7%を占めるまでになりました。
年代別推移
1985年:932万人(18.3%)
1995年:1,476万人(26.8%)
2005年:1,768万人(32.1%)
2015年:2,023万人(35.7%)
2022年:3,670万人(34.7%)
男女別推移
男性:2,038万人(42.1%)
女性:1,632万人(27.3%)
年齢層別推移
15~24歳:62.2%
25~34歳:43.1%
35~44歳:29.6%
45~54歳:23.2%
55~64歳:14.3%
非正規雇用労働者の内訳
パートタイマー:1,720万人(46.8%)
契約社員:943万人(25.7%)
派遣社員:521万人(14.2%)
その他:486万人(13.3%)
法的な背景
1985年の派遣労働の解禁、1999年、2003年、2009年の派遣期間の延長、2003年、2012年の有期雇用労働者の上限期間の延長、2010年、2018年の同一労働同一賃金ルールの適用拡大などの規制緩和措置が実施されました。これらの規制緩和は、労働市場の柔軟化や雇用創出を目的としたものですが、非正規雇用の増加や雇用不安定化といった問題も指摘されています。下図は日本の失業率の推移です(日本経済ネタ帳)。
派遣労働者の増加によって失業率の上昇を抑えたことがわかります。しかし、その結果として正規雇用者の賃金が上昇しなかったため、デフレマインドの一因となっています。
経済・社会の変化
グローバル化・情報化による産業構造の変化
製造業の海外移転やIT技術の進展により、非正規雇用を雇用しやすい業種が増加しました。
少子高齢化
労働力人口の減少と高齢化社会の進展により、企業は人件費を抑えられる非正規雇用を活用するようになりました。
労働需給のミスマッチ
求職者の希望する仕事と企業の求める人材のミスマッチが拡大し、非正規雇用で働く人が増えています。
労働市場の変化
雇用形態の多様化
正社員以外にも、パート、アルバイト、契約社員、派遣社員など、様々な雇用形態が登場し、非正規雇用を選択する人が増えました。
規制緩和
労働派遣法などの規制緩和により、企業が非正規雇用を活用しやすくなりました。
長時間労働への懸念
正社員は長時間労働になりやすいという懸念から、非正規雇用を選択する人が増えています。
個人の事情の変化
非正規雇用が増加している背景には、家計の補助、育児・介護との両立、キャリア形成など、多様な要因が複雑に絡み合っています。これらの要因が、非正規雇用の増加だけでなく、給与額にも大きな影響を与えていると考えられます。
非正規雇用増加の主な要因と給与額への影響
家計の補助
副収入を得るため、特に女性がパートタイムなどで働くケースが多い。需要と供給のバランスにより変動。一般的に正規雇用と比較して低賃金。
育児・介護との両立
時間や場所の制約が少ない働き方が求められるため、非正規雇用を選択する人が増加。労働時間の短縮や休日数が多い場合、時給は高くなる傾向がある一方で、総収入は減少する可能性も。
キャリア志向
異なる職種を経験し、スキルアップを図るため、非正規雇用をステップとして利用するケースも。経験やスキルに応じて賃金が変動。キャリアアップにつながる可能性がある一方で、非正規雇用では昇給やボーナスが少ない場合が多い。
その他の要因と影響
企業側の都合
人件費削減や雇用調整のしやすさから、非正規雇用を増やす企業が増加。
社会全体の構造変化
少子高齢化、女性の社会進出など、社会全体の構造変化も非正規雇用増加の一因。
同一労働同一賃金
同一の仕事をする労働者には、正規・非正規に関わらず同じ賃金を支払うという考え方。この動きは、非正規雇用の賃金上昇に影響を与える可能性がある。
非正規雇用における課題と今後の展望
非正規雇用は、働き方の多様化という側面がある一方で、低賃金、社会保障の不足、キャリア形成の困難など、様々な課題を抱えています。
賃金格差の是正
同一労働同一賃金の原則をより一層推進し、正規・非正規間の賃金格差を縮小していくことが求められます。
社会保障の充実
非正規雇用者も安心して働けるよう、健康保険や年金などの社会保障制度の拡充が重要です。
キャリアアップ支援
非正規雇用者がスキルアップし、キャリアアップできるよう、企業や政府による支援策が求められます。
まとめ
非正規雇用が増加している背景には、多様な要因が複雑に絡み合っています。給与額は、労働時間、経験、スキル、企業の規模や業種など、様々な要素によって決定されます。非正規雇用は、働き方の選択肢を広げる一方で、課題も多いため、今後も社会全体で議論を深めていく必要があります。