はじめに
私たちは日々、当たり前のように「お金」を使い生活しています。しかし、立ち止まって冷静に考えてみれば、紙幣や銀行預金というデータそのものに、絶対的な「価値」が宿っているわけではありません。お金とは、それを受け取る側がその価値を疑いなく信じることによってのみ成立する、一つの「社会的な約束事」に過ぎないのです。
現代の経済学は、この「お金が価値を持って機能している世界」を揺るがない前提として構築されています。だからこそ、私たちの経済は数式や精緻な制度以上に、人々の信認や期待といった「思想的な要素」に強く依存しているといえます。
本稿では、通貨に対する信認、銀行による信用創造、国債のメカニズム、そしてインフレや為替の動向までを、バラバラな現象としてではなく、一つの大きな「信頼の連鎖」の流れとして捉え直してみたいと思います。

お金の正体は「信認」である
お金は単なる「モノ」ではありません。それは「自分がこれを使えば、次の人も同じ価値で受け取ってくれるだろう」という、人々の間に共通する「信念」そのものです。
かつての金本位制の時代には、お金には「金(ゴールド)」という物理的な裏付けがありました。金はその希少性や鋳造の難しさから、誰にとっても価値が分かりやすく、受け入れやすいものだったのです。しかし、現在の通貨管理制度において、その物理的な裏付けは姿を消しました。今、紙幣やデータに残されているのは、国家と社会に対する「信頼」だけです。これは、裏を返せば、国家権力がそれだけ強大になった結果とも言えるでしょう。
このため、現代経済は一見すると非常に強固で安定しているように見えますが、実はきわめて脆弱な基盤の上に成り立っています。「インフレ期待」「景況感」「将来不安」といった言葉が、具体的な政策以上に市場を大きく動かすのは決して偶然ではありません。人々の「心」が揺らげば、お金という約束事そのものが揺らぎ始めるからです。その価値は心理的で、非常に空気に流されやすい側面があります。

信用創造とは何か
信用創造とは、いわば「人々の信認」をシステムとして制度化した仕組みです。
世の中のイメージとは異なり、銀行は「預金があるからそれを元手に貸し出す」のではありません。実際には、「この借り手は将来必ず返済するだろう」という個別の信頼と、「この通貨は社会で価値を持ち続けるだろう」という社会的な信頼、この二重の信認を前提として、何もないところからまず「お金(預金通貨)」を生み出しているのです。
しかし、この仕組みは本質的に不安定な側面を抱えています。 信頼が連鎖している限り、経済は力強く回りますが、ひとたび人々の間に疑念が生じれば、信用は瞬く間に収縮してしまいます。いわゆる「金融危機」という現象の本質は、物理的な資金が不足することではありません。むしろ、経済を支えていた「信頼の欠乏」によって引き起こされる現象なのです。
この信用創造の負の側面を、最も鮮明に体現したのが「バブル経済」でした。期待という名の信認が実体を離れて膨らみ続け、その信頼が途切れた瞬間に、積み上げられた信用は積み木の様に崩壊しました。
自国通貨建て国債はデフォルトしない
1. 通貨発行権という「不履行なきリスク」
自国通貨建て国債は、理論上デフォルト(債務不履行)しません。国家は通貨の発行主体であり、必要であれば通貨を発行することで支払いそのものは可能だからです。つまり、「支払不能」という形での破綻は起きにくい、というのが基本的な考え方です。
しかし、これは「国債を無制限に発行できる」という意味ではありません。債務を賄うために通貨を増やせば、その分だけ通貨の価値は希釈されます。表向きのデフォルトが起きない代わりに、静かに進行する実質的なデフォルト――すなわち物価上昇が起きるのです。
需要を超えてお金を増やせば、需給バランスは崩れ、通貨の価値は下がります。これがインフレーションです。インフレは少しであれば経済を活性化させます。たとえば、明日になれば101円になる物が今日100円で買えると分かっていれば、余裕のある人は「今のうちに買っておこう」と考えます。これが110円になるとなれば、なおさらです。消費が前倒しされ、経済は回りやすくなります。
一方で、インフレが不安定になると社会問題になります。かつて石油産油国が価格維持のために生産調整を行った際、「石油がなくなると紙が作れなくなる」という根拠の薄い噂が広まり、人々がトイレットペーパーを買い占める騒動が起きました。いわゆるオイルショックです。恐怖と期待が同時に走ると、市場は簡単に暴れます。インフレも同様で、わずかで安定的でなければなりません。インフレ率が2%前後で安定していれば、賃金上昇とのタイムラグも大きな問題になりにくいとされています。
デフレはこの逆です。今日は100円の物が、明日は99円になると思えば、人々は必要最低限しか買いません。需要は減り、作っても売れず、需給ギャップからさらに価格が下がります。この状況を、日本は30年以上にわたって体現してきました。長きにわたってこれを可能としたのは、2000年当時では日本の1/40近く安い労働力があったからです。これを利用して、ユニクロは成長し、百均が可能となりました。それで、物価上昇を抑え、日用品が安くなり、多くの人々は給与が上がらなくても生活は維持できました。さらに技術力が増すにつれて安い工業製品が日本に輸入され、さらに物価は上がらない構図になりました。こ
不思議なのは、これほど長期にわたりデフレから脱却できない政策を主導してきた人々が、現在でも動画配信などで強い発言力を持っていることです。主張の中身だけでなく、再生回数が評価を左右する仕組みそのものにも、少し考える余地がありそうです。市場は需給で動きますが、言論市場もまた、例外ではないのかもしれません。
2. 5年国債によるシミュレーション:実質価値の毀損
「満期まで保有すれば額面通り戻るから国債は安全だ」という主張を、直近の金利水準で検証してみます。ここでは、年利約1.5%の5年国債に100万円を投じた場合を想定します。
まず名目上の結果です。
100万円を年1.5%で5年間、複利運用した場合、満期時の受取額は約1,077,284円になります。確かに額面は減っておらず、「元本割れ」は起きていません。
しかし、次に物価を考慮します。
仮に年2.1%の物価上昇が5年間続いた場合、現在100万円で買える物の価格は、5年後には約1,109,504円になります。
この二つを比べると、満期時に受け取る1,077,284円の実質的な価値は、現在の約970,960円に相当します。つまり、税を考慮しなくても購買力は約3%失われている計算になります。
額面通りの現金は戻りますが、買える物の量は確実に減っています。これは「国債を保有することで、購買力が奪われる」状態であり、本来は資本主義の原理と相容れない現象です。安全資産とされるものを持ち続けることで、静かに貧しくなる――いわば音のしない損失です。
こうした歪みが長く続くと、経済は表面上は安定して見えても、内側から劣化していきます。為替相場が常に開かれ、通貨価値が日々評価されているのは、まさにこの種の異常に対する警告装置だからでしょう。市場は親切ではありませんが、少なくとも嘘はつきません。気づくかどうかは、受け手次第というだけです。
3. 「ステルス増税」と社会の限界
現代の変動相場制において、政治・社会が安定した国では、一気に物価が跳ね上がるハイパーインフレは稀です。その代わり、「実質金利のマイナス化」という形で、国民の資産が静かに政府の債務穴埋めに転用されます。
これは「静かなる経済システムの崩壊」です。この事態に無自覚な政権は、結果として国家経済を破壊に導きます。
4. 解決策のジレンマ
この歪みを正すには、論理的には大幅な増税による財政再建が不可欠です。しかし、すでに社会保障負担を含めた国民負担率が50%に迫る現在、さらなる増税が国民の合意を得ることは極めて困難です。
結果として、政府は正面からの増税を避け、「物価高という名のステルス増税」によって、国民から実質的な富を吸い上げ続けているのが現状です。

通貨の「需給バランス」
通貨もまた、市場に流通する他の商品と同様に、需要と供給のバランスによってその価値が決まります。
単純な原理ですが、通貨を大量に発行すれば供給量は増え、それに対する需要が追いつかなければ、通貨一単位あたりの価値は下落します。この経済の根源的な原理から逃れることは、いかなる国家であっても不可能です。以前の日本では真空管からトランジスターへの転換が起き、多くの家電製品が携帯できるようになりました。インターネットの普及でパソコン需要があり、携帯電話が普及し、インターネットコンテンツと直接繋がる栂がるスマホなど多くの通貨需要がありましたが、現在にはあまりそういったものが見当たりません。
また、為替が変動相場制となり、刻々と変化しています。それはその通貨の価値が常時評価されているという事です。クーデターや革命など突発的なことがなければ経済システムが崩壊しないためです。この仕組みのお陰で、ハイパーインフレなど経済が破綻しないようになっています。実質金利がマイナスなのは「何とかしてくれ」と言う経済の悲鳴だと思います。
通貨の需給バランスが崩れれ続ければ、国家や通貨への「信認」が失われて行きます。
その結果、国家経済は破局し、資産があまり無い人は大変なことになると思います。

円は「納税のための通貨」
日本国内において、税金の支払いは日本円でしか認められていません。このため、納税義務がある限り、日本円に対する最低限の需要は常に存在し続けます。決済通貨としての円の地位は、この仕組みによって守られています。
しかし、「資産の運用」という観点から見れば、話は全く別です。 実質金利がマイナスである以上、円を長期保有することは、実質的な資産の目減り(損失)を受け入れることを意味します。そのため、多くの企業や投資家は、ドルなどの外貨建て資産で効率的に運用を行い、納税に必要な分だけをその都度、円に戻すという行動をとります。これは経済合理性にかなった、ごく自然な選択です。
さらに、金利の極めて低い円を借り入れ、その資金で情勢が安定し、かつ高金利な外国債券などを購入する「円キャリー取引」も、市場では日常的に行われています。
結果として、円は「決済(支払い)」のための便利な道具にはなりますが、価値を貯蔵する「資産」としては選ばれにくくなっています。つまり、円は経済活動における単なる「通過点」となり、国内の投資や消費を活性化させる力、すなわち経済成長を牽引する力を失いつつあるのです。
インフレ率と既発国債
インフレ率が日銀の目標値(インフレターゲット)毎年2%づつ上昇すると35年で物価は2倍、55年で3倍となります。通貨の価値はこの逆数なので、55年で既発国債の価値は55年で1/3となります。借金で生活が楽になる事は市中金融から借金をしたのと同じです。(大手銀行は使い道を聞き、その事業が収益を上げ、返済が出来るかを確かめますが、多くの市中金融は暴力的に取り立てるので、使途はほとんど調べません)
つまり、先ずは借金をしておいて、価値が下がってから償還するものでしたが、本当に景気が良くなったと思ったのでしょう。安倍元首相は支持層を固めるために「筧学園」への事業用地のダンピングや「桜を見る会」での散財しまた。それ以外の歳出の一部は民間企業に流れ、利益が積み上がりました。利益が経営陣の実績です。労働組合の組織率が16%程度の場合、春闘の賃金相場は守る必要が無くなり、労賃は引き下げられやすい環境です。そのため、労働者非正規化・実質給与のマイナスが続いています。
| 国債利回り(主要先進国・地域) | |||
| 国/地域 | 3年国債利回り | 5年国債利回り | 10年国債利回り |
| 日本 | 約 1.18%(3年) | 約 1.44%(5年) | 約 1.95〜1.99% |
| 米国 | 約 3.52%(3年) | 約 3.69%(5年) | 約 4.12〜4.15% |
| ユーロ圏 | 約 3.26% | ||
| ドイツ | — | 約 2.20%(推定5年) | 約 2.85〜2.90% |
| フランス/イタリア | 個別国債情報で変動あり | 約 3.5%前後 | |
