パラダイム

あなたの視点はどこにありますか?

ガラパゴス化する「技術」と矛盾だらけの「DX」

はじめに

 

「日本はモノづくり大国であり、アジア一の先進国だ」

未だに多くの日本人が、この過去の栄光にしがみついています。しかし、現実の数字や国際的な評価を見れば、その幻想はすでに崩壊していると言わざるを得ません。

日本の優れた「工夫の改善(インクリメンタル・イノベーション)」は世界一です。しかし、現代のグローバル経済において、日本は「技術」の定義そのものを履き違え、自らイノベーションの芽を摘み、結果として行政のデジタル化(DX)でも近隣諸国に決定的な後れを取る事態に陥っています。

いま、私たちの足元で何が起きているのか。その矛盾を告発し、私たちが進むべき「真の転機」について考えたいと思います。

牙をもがれた天才たち:日本の「技術観」

日本において「技術」と言えば、素材の純度を高める、製品の故障率を下げる、製造ラインの無駄を削るといった「モノづくり」の文脈でしか語られないことがほとんどです。

一方で、既存の技術を組み合わせて新しい社会の仕組みやサービスを作る「利用の方法(アプリケーション・イノベーション)」は、日本では軽視されてきました。その最たる悲劇が、かつて世界を揺るがしたファイル共有ソフト「Winny(ウィニー)事件」です。

2000年代初頭、天才プログラマー・金子勇氏が開発したP2P技術は、現在のブロックチェーンや分散型ネットワークの先駆けとなる世界最先端の技術でした。しかし、日本の司法や行政は「利用者が著作権を侵害した」という理由で、技術の開発者本人を逮捕・起訴したのです。

これは、多くの国民がそれを望み、政治家もよく解らなかったからでしょう。つまり、そういった世論が作られたからで、デジタルに長けた政治家もいなかったからでしょう。

国会におけるWinny事件の捉え方は、以下のように変遷したと言えます。

時代 国会・政府の主な視点 位置づけ
2000年代(当時) 自衛隊や官公庁からの情報漏洩、著作権侵害の温床 「社会秩序を揺るがすセキュリティ上の大問題」
2020年代(現在) P2P技術の先駆性の再評価、刑事摘発による技術の萎縮 「日本のIT産業・イノベーションにおける手痛い損失」

かつては「危険なソフト」として排除の対象だったものが、時を経て「司法による技術開発への過度な介入が、結果として日本のデジタル競争力を損ねたのではないか」という、国家的な反省材料(教訓)として国会でも語り継がれるようになっています。

PC8801を予約購入をし、1981年から私はプログラミングは行っていましたが、この事件は分からない物を怖れて、行政が行ったもので、アメリカが再発展するきっかけになったと思います。

「包丁で事件が起きたからといって、包丁の職人を逮捕するのか」

この事件が日本のIT業界に与えた萎縮効果は計り知れません。アメリカが「技術そのものは中立である」として免責し、MicrosoftやGoogle、Netflixといったプラットフォーム企業を政府の後押しで巨大化させていったのとは対照的に、日本は自ら天才の牙をもぎ、未来のインフラ技術を圧殺したのです。

「前例がない」という理由で新しい発想を排除し、過去の成功体験(モノづくり)の延長線上にあるものにしか補助金を出さない。この官僚主義と社会の不理解こそが、日本のデジタル敗戦の原点です。

韓国と日本のDX

日常品や汎用品の製造現場が成熟し、海外の後発メーカーに市場を席巻される中、日本はもう一つの決定的な敗北を喫しました。それが「行政のデジタル化」です。

隣国の韓国は、1990年代後半のアジア通貨危機という国難を契機に、国家主導のグランドデザインのもとで「電子政府」を一気に構築しました。住民登録番号による一元管理とスマートフォンを網の目のように結びつけ、国民の利便性を最優先にしたデジタル社会を完成させています。

2010年になり、その圧倒的な差に「唖然」とした日本政府は、慌ててデジタル庁を設立し、マイナンバーカードの普及を急ぎ出しました。しかし、政治家も官僚もイノベーションの本質は行政サービスを効率化して、国民の利便性を高めるためと思っていないので、その中身は「矛盾だらけのパッチワーク」になり、不安が多く使い勝手が悪いものになっています。そのいい例が。、公文書の年号の使用です。ほとんどの民間企業は資料に西暦で直感的に分かるようにしていますが、行政の文章は原則年号を使う和暦です。これは小さなことですが、日本の長期不況の一因だと思います。

今から何年前がのパスキーでも同様で、今までの2重認証で問題が起きたのでしょうか。(情報が漏れることがあり得ず、使い勝手がいいものであれば、助成金を出したり、従来の方法に比べて、新しいシステムが便利であれば、移行は勝手に進みます。極少数の人しか旧システムが使われないのなら、そこで旧システムを止めれば、少数の人への対処だけで済みます。

また、国民の背番号は過去に幾度となく行われました。あの住基カードは、どうなったのでしょうか。ソフト業界を育てる為だったのでしょうか。

日本型DXが抱える3つの矛盾

  1. 「業務プロセス」を変えないデジタル化:

    既存のアナログな仕事の手順をそのままに、システムだけを上に乗せようとしています。単年度で予算を抑えるためですが、オンライン申請されたデータを役所の職員がわざわざ紙に印刷してチェックするという、本末転倒な事態が多発しています。

  2. 縦割り行政が生んだシステムの分断:

    省庁や各自治体がグランドデザインを描けないシステムになっていて、ITベンダーに丸投げした為に、データ形式が合わず互いに連携できません。当然ですが、民間企業とすれば利益が大きくします。

    綻びが出るたびに新しいシステムを継ぎ足し、他社の特許などに触れないために、複雑でバグが起きやすい構造になっています。
  3. 発注側の圧倒的なITリテラシー不足:

    政策を決めるトップや要件を定義する官僚に専門知識がないため、大手システムインテグレーター(SIer)の言い値や提案を検証できず、巨額の税金を投じて「使い勝手の悪い粗悪なシステム」を量産しています。

今の日本のデジタル化は、「古い木造建築の骨組みはそのままに、最新のソーラーパネルやスマート家電を無理やり外壁に貼り付けている」ような状態です。これでは家全体が歪んで今までの扉もスムーズに動きません。

「アジア1の先進国」という幻想

私たちは、いい加減に目を覚まさなければなりません。

1人当たりの購買力平価(PPP)GDPや、デジタル競争力ランキングにおいて、日本はすでにアジアの中で「トップ」ではありません。コモディティ化した日常品ではコストで勝てず、サービスやソフトウェアの領域では仕組み(プラットフォーム)を海外に握られ、富を吸い上げられ続けています。

過剰品質(オーバーエンジニアリング)にこだわり、「この機能でこの安さなら十分」という世界のリアルな市場ニーズから目を背けているうちに、かつて「後発」と見下していた国々に追い抜かれてしまったのが現実です。

構造的な円安

現在の歴史的な円安は、確かに「短期的な金利差を狙った投機的な円売り」が引き金を引いています。しかし、その根底にあるのは、「デジタル敗戦による貿易構造の変化(エネルギーやITサービスへの富の流出)」や、「成長期待の低さ」という日本の構造問題そのものです。

バブルがはじけた1990年以降はほとんどはドル為替が「125円以下」のレンジで収まっていました。それは日本の経済的優位性がまだ残っていた時代だったからだと言えます。投機的な動きに一喜一憂するだけでなく、円がここまで売られるようになった「日本の実力低下」という現実を直視し、産業構造の転換を本気で進めなければならない瀬戸際に、私たちは立っています。

為替介入で一時的に時間を稼いでいる間に、国家として、また産業界として「なぜここまで円が売られる国になってしまったのか」という構造的な病巣にメスを入れなければ、日本の未来はありません。

結び

日本がここから再び世界の表舞台に立ち返るためには、現場の「工夫の改善」という素晴らしいDNAを活かしつつも、社会の構造そのものを再設計(グランドデザイン)しなければなりません。

  • 「書面・押印・対面」を前提とした法律や規制を、根底から破壊し、デジタル前提で極限までシンプルに書き換えること。

  • 失敗を悪とする「減点方式」の官僚文化を改め、前例のない挑戦にリスクマネーを投じる社会へシフトすること。

  • 官公庁の内部に、ベンダーと対等に渡り合える高度なIT専門人材を直接登用し、主導権を取り戻すこと

これは単に行政の手続きが便利になるかどうかの問題ではありません。この国が生き残れるかどうかの、最後の分岐点です。

「前例がない」を言い訳にする時代は終わりました。私たち一人ひとりがこの矛盾に声を上げ、これまでの「先進国気取り」の認知を改めること。それこそが、日本が再び歩き出すための本当の転機になるはずです。