はじめに
私は30年近く前、介護支援専門員(ケア マネージャー)の講習を受けて資格を取得し、また介護保険の審査員も務めた経験があります。そのため、「認知症」は身近な言葉です。
現在もリハビリに通う中で、「あの方は認知症なのかな」と感じる場面に出会うことがしばしばあります。高齢で忘れやすくなっているのか、認知症のレベルかの判別は難しいものです。医師はよく「年相応」と言いますが、それに対する家族の不満も時には耳にします。「認知症」は医療や介護の話にとどまらず、家族や社会全体の課題です。
現代の介護保険を作るきっかけは、1973年にTBS系列で放送されたテレビドラマ『恍惚の人」です。そのドラマは社会に大きな衝撃を与えました、このドラマは、有吉佐和子さんの同名小説(1972年発表)を原作としたもので、主演は名優・森繁久彌さんが演じました。物語は、認知症の義父を抱える中年のサラリーマンとその家族の葛藤を描いています。
それまで家庭内の「恥」や「内輪の問題」として隠されがちだった「ぼけ(認知症)」という状態が、初めてテレビを通して社会全体の課題として可視化された瞬間でした。
当時の日本は高度経済成長の真っ只中で、地方から都市へ人が移動し、核家族化・都市化が急速に進んでいました。そうした中で、高齢の親をどう介護していくかという問題が、全国の家庭でリアルな悩みとなりつつあったのです。
このブログでは、認知症に関する基本的な知識から診断のポイント、治療法、そして日常生活での注意点まで、できるだけわかりやすくまとめています。
かつて「恍惚の人」が描いたような苦悩は、今も続いています。しかし、今は昔と違って、制度や地域の支援、そして正しい知識があります。
「一人で抱え込まない」ことが、認知症と向き合う最初の一歩です。多くの人の参考になれば幸いです。
認知症とは?
認知症とは、脳の障害によって記憶力や判断力、思考力などが持続的に低下し、日常生活に支障が出る状態を指します。年齢による単なる「物忘れ」とは異なり、病的な状態です。
■ 主な診断基準
認知症の診断には、アメリカ精神医学会の「DSM-5」やWHOの「ICD-11」といった国際的な基準が使われます。
主な症状チェック項目
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記憶力の低下(特に新しいことを覚えられない)
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判断力の低下(日常の選択が難しくなる)
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言葉の問題(言葉が出にくい、理解できない)
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道に迷うなどの視空間認知の障害
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感情や性格の変化
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日常生活の自立が困難になる
補助検査
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MMSE(ミニメンタルステート検査)
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長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
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MRIやCTなどの脳画像検査
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血液検査で他の病気を除外

MMSE(ミニメンタルステート検査)
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点数:満点 30点
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23点以下:認知症の可能性ありとされる(ただし年齢・教育歴などで補正が必要)
2. 長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
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点数:満点 30点
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20点以下:認知症の疑いあり(教育歴によっては補正が必要)
注意点
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医療資格者が実施することが前提です。結果だけで診断はできません。
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教育歴、聴力・視力、うつ病、意識レベル、文化背景などにより誤差があります。
家族(周りの人)が気づけること(チェックポイント)
1. 同じことを何度も言う・聞く
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数分前に話した内容を繰り返す
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同じ質問を短時間で何度もする
2. 物の置き忘れ・しまい忘れ
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財布や鍵、眼鏡を頻繁になくす
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変な場所にしまってしまう(冷蔵庫にリモコン等)
3. 日付・時間・場所の感覚があいまいになる
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今日が何日か、今どこにいるかが分からなくなる
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予定を忘れる
4. 料理や買い物など日常動作にミスが増える
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調味料を間違える、火を消し忘れる
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買い物で同じ物を何度も買う
5. 言葉が出てこない、会話がうまく続かない
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知っているはずの名前が出てこない
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会話中に何を話していたか分からなくなる
6. 性格や行動が変わる
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怒りっぽくなる、疑い深くなる(被害妄想)
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外出を嫌がるようになる
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無関心になる(趣味に興味を示さない)
7. お金の管理ができなくなる
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電話勧誘にすぐ応じる
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銀行や郵便局の操作に戸惑う
簡単なチェック法(例:改訂長谷川式HDS-Rの簡易版)
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年齢は?
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今日の日付(年・月・日・曜日)は?
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今いる場所は?(市区町村・施設名など)
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簡単な計算(100−7を順番に引いてもらう)
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3つの単語を言って、数分後に思い出せるか?(例:桜・猫・電車)
こうした質問で混乱が見られたり、答えられない場合は、専門医の受診をおすすめします。

認知症 簡易チェックリスト(はい=1点)
| チェック項目 | はい・いいえ |
|---|---|
| 1. 同じ話を何度も繰り返す | はい・いいえ |
| 2. 物の置き忘れが多く、見つけられないことがある | はい・いいえ |
| 3. 日付や曜日をよく間違える | はい・いいえ |
| 4. 簡単な計算やお金の管理が難しくなった | はい・いいえ |
| 5. 会話中に言葉が出てこない、話がかみ合わなくなることがある | はい・いいえ |
| 6. 知っている場所でも道に迷うことがある | はい・いいえ |
| 7. 料理や掃除など日常の家事でミスが増えた | はい・いいえ |
| 8. 趣味や活動に対する関心が薄れてきた | はい・いいえ |
| 9. 怒りっぽくなったり、疑い深くなったりすることが増えた | はい・いいえ |
| 10. 自分が物を盗まれたと疑うことがある(実際には盗まれていない) | はい・いいえ |
判定の目安
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0〜2点: 特に問題なし。定期的に様子を見ましょう。
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3〜4点: 軽度の認知機能の低下が疑われます。注意して見守りを。
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5点以上: 認知症の可能性があります。もの忘れ外来やかかりつけ医に相談を。
観察記録表
以下は、認知症の早期サインを日常的に記録できる「観察記録表」の例です。本人の変化に気づくために、家族や介護者が週単位・月単位で記入して使えるよう設計しています。
🗒️ 認知症の早期サイン 観察記録表(週単位)
| 日付 | 観察した内容 | 気づいたサインの種類(複数可) | 備考・対応 |
|---|---|---|---|
| 例:6/15 | 財布を冷蔵庫に入れていた | 🔲 物の置き間違い 🔲 判断力の低下 | 穏やかに対応。今後も様子を見る。 |
| 🔲 記憶障害 🔲 計画力の低下 🔲 幻視 🔲 性格変化 🔲 計算の困難 | |||
| 🔲 同じ話を繰り返す 🔲 会話が成立しにくい 🔲 道に迷う 🔲 感情の不安定 | |||
1か月用まとめチェック(チェック式)
| 項目 | 頻度:週1以下 | 週2〜3回 | ほぼ毎日 |
|---|---|---|---|
| 同じ話・質問を繰り返す | ☐ | ☐ | ☐ |
| 物の置き忘れや紛失がある | ☐ | ☐ | ☐ |
| 日付や場所を間違える | ☐ | ☐ | ☐ |
| 計算・支払いが難しくなる | ☐ | ☐ | ☐ |
| 会話で言葉が出てこない | ☐ | ☐ | ☐ |
| 道に迷う・行先を間違える | ☐ | ☐ | ☐ |
| 元気がなく、活動に消極的になる | ☐ | ☐ | ☐ |
| イライラ・怒りっぽくなる | ☐ | ☐ | ☐ |
認知症の主な種類
治療法
● 薬物治療
症状の進行を遅らせることを目的とした薬があります。
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ドネペジル(アリセプト):初期から使用される代表的な薬
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ガランタミン・リバスチグミン:軽度〜中等度に有効
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メマンチン:中等度〜重度で使われる
併発する不安・抑うつ・幻覚に対しては、抗精神病薬や抗うつ薬が使われることもありますが、副作用に注意が必要です。
● 非薬物療法
日常生活での注意点
1. 否定しない・叱らない
間違いや繰り返しの質問にも、やさしく接しましょう。本人は不安や混乱の中にいます。
2. できることを奪わない
過保護になりすぎず、本人の自立を支援する姿勢が大切です。
3. 安全の確保
火の不始末、外出時の徘徊、転倒リスクなどに注意し、必要に応じて見守りやGPSなども検討しましょう。
4. 介護者のケアも大事
家族の負担が大きくなりすぎないよう、地域包括支援センターやデイサービスの利用も考えましょう。
どこに相談すればいいの?
早期発見・早期介入が、認知症と上手に付き合う第一歩です。

まとめ
認知症は、本人にも家族にも不安をもたらしますが、正しい知識と早めの対応で、できることはたくさんあります。薬やリハビリだけでなく、人とのつながりや安心できる環境が重要です。
「できなくなったこと」よりも、「今できること」に目を向けて、穏やかな毎日を過ごせるよう支えていきましょう。














































